18世紀前半の火災で被災した本陣あるいは代官所に伴う建物が確認された。これらの建物群は玖珂御茶屋平面図(岩国徴古館蔵)には描かれておらず、代官所の初期段階の建物群であったと考えられる。
種類: 官衙跡
小瀬番所・一里塚跡
近世山陽道が周防国に入った際の最初の一里塚を設けた場所であり、また芸防国境にあたることから、出入国を見張る番所が置かれていた。試掘調査では番所時代と思われる、瓦が出土した。
18世紀前半の火災で被災した本陣あるいは代官所に伴う建物が確認された。これらの建物群は玖珂御茶屋平面図(岩国徴古館蔵)には描かれておらず、代官所の初期段階の建物群であったと考えられる。
近世山陽道が周防国に入った際の最初の一里塚を設けた場所であり、また芸防国境にあたることから、出入国を見張る番所が置かれていた。試掘調査では番所時代と思われる、瓦が出土した。