芥川龍之介父系菩提寺(芥川龍之介父子碑)

市93芥川龍之介父系菩提寺
種別(指定区分)
史跡(市指定文化財)
員数
1所
指定年月日
平成3年(1991)3月16日
所有者等
個人
所在地
岩国市美和町生見中村

芥川龍之介の実父、新原敏三は美和町生見の出身であり、真教寺は龍之介父系の菩提寺である。

明治の初め敏三は上京しやがて元幕臣芥川家の三女フクと結婚し三子を得た。
末子である新原龍之助は幼いころ母死亡の為芥川家で養育され、13才の時、芥川家の養子となり芥川龍之介となった。成長し東大卒業後海軍機関学校教官となり、航海見学で由宇まで来航し、帰途錦帯橋見学の為岩国へ来ている。
橋上から山々を望見し岩国の奥と聞いていた父の故郷を心中に銘記したと推察される。

航海見学の為延期されていた「羅生門出版記念会」が龍之介帰京の直後日本橋の「鴻の巣」で開催された。
これは錦帯橋見学の僅か2日か3日後の事である。当日依頼され揮毫したのが「本是山中人」で、龍之介が岩国での記憶を深く心に秘めて書いた望郷の一文である。
文意は誰にも解明されず謎とされていた。

真意は龍之介の没後、約30年後、芥川の番記者であった沖本常吉の研究と、佐藤春夫によって、文の「山中」は敏三の故郷である生見村であると明らかにされた。

昭和六十二年に建立の当碑は、龍之介の深い思いの本碑の碑文と遺族の願い。真筆による作品と署名の副碑があり、芥川文学碑のなかでも重要なものである。