天野隆重墓 付 天野隆重夫人墓

市96天野隆重付天野隆重夫人墓
種別(指定区分)
史跡(市指定文化財)
員数
1基
指定年月日
昭和51年(1976)12月9日
所有者等
宗教法人 通化寺
所在地
岩国市周東町上久原

天野隆重は天野家第11代当主である。
隆重のときに初めて毛利元就に仕え、尼子氏との戦いで軍功があり、晩年は出雲国八雲村(現在の島根県松江市八雲町)の熊野城に住み、天正12年(1584)3月7日同地で没した。
墓は通化寺の境内地にあり、隆重夫人の墓も並んで建っている。
凝灰岩(俗に平野石)製の宝筐印塔で、基台・基礎・塔身・笠・相輪(露盤・請花・宝珠)と積み上げているが、ずんぐりとした相輪、隅飾りが外に張り出し軒の厚い笠、基礎の銘文の刻みよう、線彫りの丈長の反花を配する基台など、近世初期の特色をよく示している。

また、基礎の正面に次の陰刻がある。隆重墓(総高156cm)は中央に「一峯円月居士」、その向かって右に「天正十二甲甲」、左に「四月初七日」と刻まれている。この墓は元嘉が久田(くでん)に定住後、出雲国から遺骨を移して建てたものである。隆重夫人の墓は中央に「為明山久花大姉」、右に「于時慶長十四己酉年」、左に「八月廿九日」と刻まれている。